「天皇」の異名を持つ、英語科の村上先生が亡くなられました。
体調が悪かったようですが、原因の詳細は不明です。
先生のWritingの授業を1学期までずっと受けていただけにショックです。
先生の不調が気になりだしたのは6月終わり頃でしょうか。
普段は、教室のど真ん中あたりまで歩いていきながら英文の解説をしている先生が、その日は教卓の椅子に座ってずっと授業をしていました。
そのときは気付きませんでしたが、後日「ああ、具合が悪かったんだな」と思い返しました。
そして忘れもしない翌週の火曜日、先生は休みました。
何故「忘れもしない」のかというと、その日自分は当番で、授業変更を確認しに行ったからです。
しばらく授業の切れていない(※注)日が続いた頃で、「6限:自習」という表示を見て意気揚々と帰り、教室の黒板に書いたのをはっきり覚えています。(メモもしたので探せば見つかると思います。)
その日休んだ先生にそれ以降二度と会えないとは夢にも思いませんでした。
水曜、木曜と立て続けに3日とも授業が切れましたが、担任からは「腰が悪いらしい」としか知らされませんでした。
(結局期末考査が近かったこともあって、代わりの先生を立てることなく授業の期間は終了となりました。)
先生とはそれほど親しくしてはいませんでしたが、特徴的な喋りで深く印象に残っています。
「これ(英語構文)が見抜けなかったヤツは、『まあちょっとお前、顔洗ってこいよ』といいたいね。」
「『イディオム(熟語)だ、うわぁ~』と食い付いちゃったヤツは、うん、また来年会おう。」
これを柔らかい声で言うもんだから、実に不思議な雰囲気を持った先生でした。
今となっては、「あの世で会おう」という響きが頭の中をめぐっています(いやほんとに)。
また、個人的な話をすれば、割と身近な人が死んだというのはほとんど初めての経験でした。
確か3、4歳の頃に祖父が亡くなっていますが、葬式に行ったことさえ覚えていません。(祖父の顔もほとんど…)
その後は、祖父母の3人は今も元気ですし、それ以外の親戚は近所に住んでいないので何も解りません。
そんな中で教わっていた先生が亡くなられたので、死とはこういうことかなあと少しずつ実感してきているところです。
長々と書いてしまいましたが、このあたりで。
先生のご冥福をお祈りします。
※注 授業が切れる …
恐らく我が高校独自のシステム。先生が休むと、普通はその先生の授業1時間は自習になったり他の先生が代わりに来てプリントを配って授業を行ったりするかと思うが、うちの高校では違う。
授業変更(時間割入れ替え)を行ってなんとかその先生の授業を最後の6限に回し、6限を自習にして5限が終ったら帰宅できるようにするのだ。
(例えば休んだ先生が2限担当だったら、6限の授業を2限に持ってくる等)
選択科目などの場合は動かないことが多いが、それ以外は基本的に6限を自習にすべく、他のクラスを盛大に巻き込みながら授業変更をしていくのである。
そして、6限自習(=5限終ったら帰れる)となることを、「授業が切れる」という。